tamavsky.com
\(^o^)/まさかの完成\(^o^)/ (Instagramで撮影)

\(^o^)/まさかの完成\(^o^)/ (Instagramで撮影)

今日も息抜きがてらチマっと進めたよ。お腹描くの楽しかった(^-^) (Instagramで撮影)

今日も息抜きがてらチマっと進めたよ。お腹描くの楽しかった(^-^) (Instagramで撮影)

今日けっこう勉強頑張ったけど息抜きも頑張った。ロリータ。 (Instagramで撮影)

今日けっこう勉強頑張ったけど息抜きも頑張った。ロリータ。 (Instagramで撮影)

ペン1本でやるのに限界を感じてる (Instagramで撮影)

ペン1本でやるのに限界を感じてる (Instagramで撮影)

映画「KOTOKO」感想

5.5.Sat

テアトル新宿にて、
Cocco主演、塚本晋也監督の「KOTOKO」観てきました。

美術部の映画好きの後輩にお勧めされて見に行ったんですが、
ヤバイものを観てしまいました。

以下、ちょっとネタバレ?かも。

***

まず、Coccoの演技が演技じゃなかった。女優として演じているというより、「琴子」が憑依してるというか、むしろCocco本人の物語にすら見えた。
“表現者”という言葉が一番しっくりくるよね。凄かった。

塚本作品の特徴であるらしい大音量と激しいカメラワークには驚いたけれど、「琴子」の見た世界そのままのようでした。

世界がふたつに見える、っていうのは、統合失調症なのかなあ。

不器用でひねくれているけど、本当は純粋で素直な琴子が可愛い。
男に口説かれればフォークで男の手を刺すし、
生きてていいのか確かめるために手首を切るし。

それに全力で応える田中さんも可愛い。
本当に愛してるから、血まみれになっても大丈夫ですからって言い続けられたんだろうな。
ふたりとも全然大丈夫じゃないのにね。
しかし、田中さんはどこに行っちゃったんだろう。そもそも、本当にいたのかな?

最後、お母さんに会いにくる大次郎が可愛い。
間違いなく、あれはたくさんの愛を受けて育った子どもだった。

劇中で琴子は何度も歌うけれど、やっぱりこれはCoccoにしかできない、ずるい。
タバコ吸うのによくあんな綺麗な声出るよね…(笑)
琴子が歌っているときは世界がひとつになるし、観ている(聴いている)私の世界もひとつになっていた気がした。とても心地よかった。

それと対比して、やっぱり幻覚、妄想の描写が凄まじかった。
テレビを消しても消しても銃で撃たれるシーンが続くところは特に観てて辛かった。
思わず目を覆うような迫力。

一番印象に残ってる台詞は
野菜炒めを作るフライパンを放り投げてから琴子がつぶやく言葉。
「ちゃんとできない」
「みんなどうやってるんだろう」
物凄い、圧倒的な孤独感。
「母なる存在は、母である前に、かつて少女であったひとりの女にすぎないのだ」という監督の言葉にハッとさせられた。
かつて少女であったひとりの女が、我が子を守るためにこんなにも傷ついて、苦しんでいる姿を
塚本監督もCoccoも、十分に表現し切ったと思う。


万が一私が母になることがあれば、そのときはもう一度この映画を観たい。
なるつもりはないけど…

***

最近は、こういう映画を観て、辛い気持ちになるのが怖くて、(いい意味で)バカバカしい映画ばかり観ていた。
散々笑って、面白かった!で済ませるためである。
でも、そうやってビビりながら映画を観るのは、映画に失礼なんじゃないかなと、考えを改めるようになった。
考え、悩み、苦しんでこそ芸術鑑賞。
傷つくことを恐れていては世界は広がらない。
傷ついたらその分癒されれば良いのだから、あんまり臆病になるのはむしろ損かもしれない。

偉大なる芸術家のみなさん、私を傷つけてみろ。

以上、芸術的精神的自傷に目覚めたたまふさんでした。

本日もライブです (Instagramで撮影)

本日もライブです (Instagramで撮影)

急遽タトゥータイツつくりました。明日はちょっとだけ七曲町子に近づきたいので、火を吹く天使を太腿に (Instagramで撮影)

急遽タトゥータイツつくりました。明日はちょっとだけ七曲町子に近づきたいので、火を吹く天使を太腿に (Instagramで撮影)

ストロベリースウィッチブレイド!できたよー (Instagramで撮影)

ストロベリースウィッチブレイド!できたよー (Instagramで撮影)

今日は腕一本分しか進まなかったでござる (Instagramで撮影)

今日は腕一本分しか進まなかったでござる (Instagramで撮影)

ジルちゃん側できた~ (Instagramで撮影)

ジルちゃん側できた~ (Instagramで撮影)